1第1回のロケ地・石山寺
 この門から中に入って歩く姿と、紫式部の人形が置かれている源氏の間を見ている私の姿が第一回の冒頭の映像になりました。秋の石山寺も絶景ですが、早春の花園は見応えがあります。 
2第2回のロケ地・渉成園
 源氏物語ゆかりの名所として、石山寺・下鴨神社・仁和寺の他に、渉成園・神泉苑・清涼寺・渡月橋を歩きました。ここ渉成園は、江戸時代の石川丈山の趣向による造園で、光源氏の六条院のモデルとされる河原院の風情を模したとされ、源融の供養塔が右にあります。
2「絵入源氏物語」
 番組「源氏の物語とは何か」では、京都文化博物館で開催中の『源氏物語千年紀展』展示作品を多く映像に使用し、贅沢な映像になりました。これも源氏物語千年紀でなければ得られなかった機会で、私が千年紀展の企画委員であったことも幸いでしたが、何よりも多くの美術作品の所蔵者の皆様のご協力とスタッフのご努力の賜物です。それでも源氏物語全巻の名場面を紹介するには美術作品だけでは不十分ですから、源氏物語全巻で226図もの挿絵を持つ「絵入源氏」が活躍しました。私の架蔵本ですから許可不要で、しかも二つの「源氏物語千年紀展」に出したものと同じ本なので、番組作りに大いに役立ちました。この本の博物館デビューは2008年でしたが、同じ年にテレビデビューも果たしたのでしたが、1999年には既にCDデビューもしています。それが資料紹介「絵入源氏物語」で紹介した「源氏物語(絵入)承応版本」CD-ROMのうち「絵入源氏」付録『源氏目案』『源氏引歌』の画像です。
〈番組名について〉
 番組名は、プロデューサーから相談され、私から提案して決まりました。光源氏の子孫の話を語る続編を含む五十四帖すべてのあらすじを語るのではなく、そもそも源氏物語とはどんな作品だったのか、なぜ書かれたのか、歴史的にどのような意味があるのか、といった問題を扱いますので、現在に伝わる総称としての作品名『源氏物語』ではなく、紫式部が日記に記した「源氏の物語」を使用することで、光源氏の一代記としての物語について説明する、という意味を込めたつもりです。源氏物語は、後半になれば前半の物語を受けて作られますし、当初の意図と変化した可能性もあります。続編の「匂宮三帖」や「宇治十帖」は作者が別であるとする説もあるように、紫式部日記に記された「源氏の物語」には含まれない可能性もあります。紫式部日記が記された寛弘五年(一〇〇八)の時点では、源氏物語は執筆中であり、完成していたのは藤裏葉巻以前の物語だと考えるからです。
〈番組と書籍との関係〉
 番組では光源氏の晩年、幻巻までの物語についてお話ししたのですが、『源氏物語の真相』第二部「巻名と物語の形成」には、光源氏が六条院として栄華を極める藤裏葉巻までの巻名について述べ、以後の物語の巻名については紙幅の都合で割愛しました。また、全巻について論じた『源氏物語の巻名と和歌』は研究書としての性格上、巻名の成立についての論証を優先するため、物語の流れに沿って書くことができませんでした。機会があれば、この番組のように物語の流れも楽しめる形にして皆様にお届けできればと思っています。なお、現在続けています「京都アスニー」の連続講座では、一回の講座で一巻の巻名と主題と名場面を絵画作品をパワーポイントで紹介しながらお話ししています。2009年に桐壺巻から始めて、もう光源氏の物語が終わり、来年には五十四帖すべてのお話を済ませる予定です。その時には、講座のまとめとして全巻を紹介した書物を出したいと思っています。
3)テレビ番組「源氏の物語とは何か」
 2008年、研究者冥利に尽きる活動として最大の出来事は、関西テレビ☆京都チャンネルの「源氏の物語とは何か」50分番組7回放送です。関西テレビ50周年・京都チャンネル10周年と源氏物語千年紀を記念した特別番組として企画されました。当初は複数の研究者の出演を予定し、私はその人選や構成をアドバイスし時に出演するはずでしたが、私の話がおもしろいということで、結局一人で講座をする形になりました。ナレーション(女性プロデューサーの自作自演)以外は、私が延々と源氏物語について語る異色番組です。最初は好きに話して下さいと言われたので、台本なしで自由に話しました。すると、私の話し方にはカットするところがない(「アー」や「エー」などを言わない)ので、5時間話すと丸々5時間の番組ができてしまい、「尺がない!」と、スタッフは焦っていました。初めは6回の予定でしたから、第1回冒頭で「これから6回にわたり……」と挨拶しましたが、予定を変更して7回放送になったのでした。
 第1回目は早春の石山寺の一室で、「石山伝説」(「琵琶湖の月」などの話)や「みやびとは」といった概論から始めましたが、プロデューサーや学生の質問に答える形で話しているうちに、自分でも驚くほどスラスラと源氏物語の魅力を語っていました。紫式部が参籠したという由緒あるお寺に籠もって源氏物語について存分に語ることができたことは何よりも得がたい体験でした。石山寺の皆様に感謝いたします。その時の話は、2回分の番組に仕立てられました。その原稿をまとめたのが、『源氏物語の真相』第一部「源氏物語とは何か」です。
 次の講座は、下鴨神社の一室で収録しました。桐壺巻から順に巻名とその意味について語り、これが『源氏物語の真相』の第二部「巻名と物語の形成」と、後の研究『源氏物語の巻名と和歌』につながりました。休憩時間には名物の元祖みたらし団子をいただきましたが、残念ながらタレが口の周りにつくので二本目を断念しました。このロケでは、昼食にグルメのプロデューサーがおいしいお店に案内してくださるのがとても楽しみで、今もスタッフの間で語り草になっています。そのことも含めて本当に和気あいあいと楽しいロケでした。講座の合間には、番組各回の冒頭映像のため、私は名所を気取って歩かなければならず、「そこで景色をながめてください」とか「先生、歩くの早すぎます、もっとゆっくり歩いてください」などと注文をつけられ(話す方はNGを出さないのに)撮り直すので、照れくさくて困りました。嵐山の渡月橋では多くの観光客の目を気にしながらの撮影でしたから恥ずしくて、番組をご覧になった東京の研究者からも冷やかされたものです。
 最後の収録は真夏の仁和寺でした。雑音が入るので、石山寺でも暖房を切りましたが、仁和寺では気温が35度以上あるのに冷房が入れられず、背中に保冷剤を入れて臨みました。スタッフは脱水症状になったそうですが、私は声が出なくなるといけないので合間に大量の水を飲み、テレビ画面に映るほど汗をかきました。最終回(第7回)は時間が足りなくなるので、自由な話し方をやめて原稿を作って話しました。桐壺巻の成立の真相について、当時あった歴史的事件と合わせて推論する複雑な話でしたから、慎重に言葉を選びながら話した結果、第1回の気楽な関西弁とは語り口が変わってしまいました。私の話だけで番組を作ろうというスタッフの決断は、最終回で公表する新説に関心を持っていただいたからとうかがいました。源氏物語を敬遠する歴史好きでも、この話なら面白いと言ってくださるそうです。この説をまとめたのが『源氏物語の真相』第三部「源氏物語成立の真相」です。なぜ多くの女君が亡くなるのか、なぜ物語は哀傷の場面から始まるのか、源氏物語は誰のために書かれたのか、という問題です(源氏物語は誰のために)。これまで源氏物語はいつ誰が書いたか、どんな物語なのかという知識ばかりで、なぜこれほどの大作が書かれたのかという当然の問いかけを解決しようとしたものは見当たりません。巻名について考え、桐壺巻の問題を考える中で、いくつかの論文でこの問題を論じてきましたが、それをテレビ番組で好きに話してもよいと言われ、あらためて全体像について考えることができ、この推論を実証するライフワークにつながりました。楽しいスタッフの皆様、関西テレビの皆様、本当にありがとうございました。

参考文献
 ・「源氏物語(絵入)承応版本」CD-ROM(岩波書店、1999年)
 ・清水婦久子『源氏物語の真相』(角川選書、2010年)
 ・『源氏物語千年紀展』(京都文化博物館、2008年)
 ・『読む 見る 遊ぶ 源氏物語の世界』(京都文化博物館、2008年)
 ・清水婦久子『源氏物語の巻名と和歌 ―物語生成論へ―』(和泉書院、2014年)