2)谷沢永一と拙著その2
2008年の源氏物語千年紀にはさまざまな出逢いを得ましたが、谷沢氏との手紙のやりとりもその一つでした。『源氏物語と紫式部―研究の軌跡』において清水好子氏の評伝を担当したとき、関西大学の雑誌『国文学』に掲載された「清水好子著作目録」を参照しました。好子氏と同時に退職なさり著作目録に谷沢氏が関わられたとのことでしたので、評伝の報告と、雑誌「歴史街道」の「日本史ヤミ鍋」に拙著『源氏物語版本の研究』を紹介くださった(その1)御礼を兼ねて、評伝所収の本と、「源氏物語千年紀展」図録、最新刊の『源氏物語の風景と和歌 増補版』、新書『光源氏と夕顔』を送りました。すると、好子さんのファンであり、好子さんの「源氏物語梗概」を『時代が見える人物が解る 源氏物語』に再録させていただいた、という内容に加えて、「あなたの『源氏物語版本の研究』に感銘を受けたので勝手に取り上げました。今回のご著書『光源氏と夕顔』も刊行後すぐに購入し、これも感心したので書評を書いていますが、私には難しいのでもう一度読み直してから書きます」という、ありがたいお手紙をくださいました。しかし、その後音沙汰がなく、入退院を繰り返しておられるとのことで、どこにお書きになったのか、果たしてその書評があるのかもわからず、2011年春に亡くなられたので、「幻の書評」になったと思っていました。
ところが、『完本 巻末御免 昭和から平成へ-時代の風を斬る』に、その書評が掲載されていることを知りました。この本は、今は品切れらしいのですが、かつてはネットで中身を読むこともできたため気づいたのです。この書は、月刊誌「Voice」で1985年1月~2009年12月号に連載されたコラムを収録したものとのことで、以下はそのうち2008年8月号のコラムを、『完本 巻末御免』317Pから引用します。
284夕顔の作歌
 源氏物語の解釈や評論でしばしば問題になる女性のひとりが夕顔である。光源氏とは身分違いなのに和歌の贈答をしたのを厚顔しいと見てか、円地文子に至っては、遊女性、娼婦性、とまで蔑んだ。この貶めを一挙に雪冤(せつえん)すべく、夕顔が如何に教養の高い女性であったかを考証したのが清水婦久子(『光源氏と夕顔』)である。各種口語訳で殆ど必ず和歌を飛ばしている梗概に拠って物語を理解したと錯覚してはならない。源氏物語における恋の駆け引きは歌の贈答という経路で行っていたのであるから、多様な和歌に籠められた意味の奥底を掘り下げて味読せねばならない。
 光源氏が、をちかた人にもの申す、と呟いたのは、古今集に入っている旋頭歌の引歌(ひきうた)である。それに対し、夕顔が贈った歌、心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕顔の花 この表現には、彼女が源氏の呟いた引歌を理解しているのみならず、その本歌を含む古今集や後撰集における白い花の歌を悉く知っており、しかも、それらの元歌を模倣するだけでなく、既に詠まれた春の白梅や秋の、白菊の替りに、夏の夕顔という新しい題材に置き換えて詠む、という高度な作歌方法を示す。心あてに、と控えめに答えながら、源氏の光(姿)を讃えた内容であった。圧縮して口語訳すれば、お問いになっているのはおそらくその花だと思って、私も白露の光、つまり貴方様のお姿に照らされて輝く自く小さな夕顔の花を眺めております、という工合であろうか。つまりは花を献上しながらの返答であり、そこに和歌の役割を最大限に活かした女の機智と教養に、源氏は強く心惹かれたのである。
 頭中将と源氏に愛された女性の夕顔が美しいからとて、夕顔の花の如しと推定すれば勘違いとなる。平安時代の夕顔は、干瓢の材料とするウリ科の野菜であって、江戸時代に渡来して大輪の花を咲かせるヨルガオ種とは別種なのだ。               (平成20年8月号)

谷沢氏が著名で権威ある学者の本を厳しく批判されることはよく知られていますから、このような目立たない新書を褒めてくださるのは、やはり権威への批判だと思っています。特にこの書は、本居宣長以来の国文学者の説を打ち破るものでしたので、これまでの源氏物語研究に批判的な研究者には「歯切れが良い」と好評でした。谷沢氏がこの書を購入されたのは、国文学専門の出版社が創刊した新書の第一冊目ということ、源氏物語に関心がおありだったことに加え、『源氏物語版本の研究』によって私の名前を覚えていてくださったからでしょう。谷沢氏は、同僚であった清水好子氏のファンであるばかりか、清水婦久子の本にも(権威への批判を含めて)関心を持ってくださったのです。そして、お二人の勤務先である関西大学の教授で「谷澤永一名誉教授を偲ぶ会」を催した田中登・山本登朗のお二人とともに『清水好子論文集』三巻を編集したのですから、強いご縁があったと言うべきなのでしょう。

参考図書
 ・谷沢永一『完本 巻末御免 昭和から平成へ-時代の風を斬る』(2010年、PHP研究所)
 ・谷沢永一『日本史の裏事情に精通する本』(2009年、PHP研究所)
 ・
浦西和彦・増田周子編『朝のように花のように 谷澤永一追悼集』(2013年、論創社)
 ・清水婦久子『源氏物語版本の研究』(2003年、和泉書院)
 ・清水婦久子『光源氏と夕顔―身分違いの恋―』(2008年、新典社新書)
 ・清水婦久子『源氏物語の風景と和歌 増補版』(2008年、和泉書院
 ・『源氏物語千年紀展』図録(2008年、京都文化博物館)
 ・『源氏物語と紫式部―研究の軌跡』(2008年、角川学芸出版)
 ・谷沢永一解説/風巻景次郎・清水好子『時代が見える人物が解る 源氏物語』(2008年、ビジネス社)
 ・山本・清水・田中編『清水好子論文集』第一~三巻(2014年、武蔵野書院)
 1『完本巻末御免』
谷沢氏最後の著書。ネット書店で内容を立ち読みできることから、私の『光源氏と夕顔』について書いてくださったページを発見しました。ご本人からのお手紙の通りで、「幻の書評」ではなかったのです。
【注記】
「偲ぶ会」および追悼文では「谷澤」で統一されていますが、ここでは著書の表記に従い「谷沢」とします。
2『光源氏と夕顔』
新典社が創刊した新典社新書の創刊号、『源氏物語』千年紀を記念して刊行したささやかな書物ながら、従来の学説をすべて否定して新しい説を実証したことや、和歌の解釈が人物論に影響を与えるということで話題になりました。内容は『源氏物語の風景と和歌』第六章「光源氏と夕顔」を基にしています。
 
   3『時代が見える人物が解る 源氏物語』
風巻景次郎「やさしい『源氏物語』入門」と清水好子「『源氏物語』要約」を収録、谷沢氏の解説。前者は『日本史の裏事情に精通する本』で取り上げた『国語と文学の書』から、後者は『源氏物語事典下』(東京堂出版)の「『源氏物語』梗概」からの引用です。「源氏物語梗概」は、私も評伝で特に紹介しました。
4『朝のように花のように 谷澤永一追悼集』
 2013年3月、谷沢氏の三回忌に合わせて作られた追悼集が、ご遺族から贈られました。
巻頭には、谷沢氏が「文藝春秋」(2000年10月)に寄稿した「私の死亡記事」が、実際の死亡年月と年齢を加えて掲載されているところが特色です。他には、今は亡き著名人の谷沢論が掲載されていて壮観です。
 〈偉大な学者とのすれ違い〉
最初の研究書『源氏物語の風景と和歌』の原稿を仕上げた時、玉上琢彌先生の訃報が届きました。その著書で第五回関根賞を受賞しましたが、その関根慶子氏は、贈呈式当日にご体調を崩され、御礼のご挨拶に上がる間もなく鬼籍に入られました。ご本人の関根先生が選考してくださった最後の著作となってしまったのです。
二冊目の研究書『源氏物語版本の研究』完成時には、激励してくださった吉田幸一氏と、京都大学への研修の指導教授であった日野龍夫氏が亡くなられました。吉田氏は「絵入源氏」の成立と出版に関する拙論に対して「真実を解明していただき春正も草葉の陰で喜んでいるでしょう」と激励してくださいました。その1で紹介した上野洋三氏の一言とともに、私を版本書誌学に導いてくださったお言葉ですが、その研究を体系化した書をお読みいただくことはかないませんでした。
清水好子氏とは、関西大学ご退職記念パーティに呼ばれながら、私の体調不良(ぎっくり腰)で欠席したのを、好子さんから「お話しできるのを楽しみにしていたので残念」と、わざわざお手紙をくださいました。その後まもなくご病気になられ、以後はお会いできませんでした。私自身の怠慢やタイミングのせいで、いつも偉大な先生方とお会いする機会を逃しています。せめて谷沢氏にはお手紙だけでもと勇気をふるってお送りしたのも最後になってしまいました。好子さんの論文集を谷沢氏にお届けできなかったことは残念です。