〈諸説の変遷〉
  問題の「心あてに」の歌について、『河海抄』以来の諸説を年代順にまとめました。
①四辻善成『河海抄』1400年頃
 心あては思ひあて也。光源氏をいまだ知らざれども、思ひあてにも、まだ見ぬ御さまなりけれど、いとしるく思ひあてられ給へるとあり。また夕顔花を美人にたとふる事秘説あり。……不明→ABC説が生じた
②一条兼良『花鳥余情』1470年頃
 夕顔は女の我が身にたとへて詠めり。露の光は源氏によそへたるべし(以下略)……BCD説いずれか不明
③三条西実隆『細流抄』1510年頃
 心あてにとは、推し当てにと也。源氏にてましますと推したるによりて、花の光もそひたると也。……B説
④三条西実枝『山下水』1570年頃
 或説に云、この歌夕顔の上の官女ども、かの源氏の車を頭中将と見てよみてやりしといへり。……C説
⑤三条西公条(中院通勝『岷江入楚』)1590年頃
 遠方人に物申とのたまひしを聞きて、何の花とも我さへ分別もなけれども、推し当てに申さば、道行人の光そへたる夕顔とこそ申しすべけれ。……D説
⑥山本春正「絵入源氏」の別冊『源氏目案』1650年 ※「絵入源氏物語」
 夕顔は女の我が身にたとへて詠めり。露の光は源氏によそへたるべし(②を引用)……BCD説?
⑦北村季吟『湖月抄』1673年 ※一般に『湖月抄』とは⑨の『増註源氏物語湖月抄』を指すことが多い
 ③と④を引用し、④を否定「頭中将と見たる説あまりなるにや。学者思惟すべきにや」……B説
⑧本居宣長『玉の小櫛』1790年 ※宣長にとって『源氏物語』とは『湖月抄』のこと
 源氏の君を夕顔の花にたとへて、今、夕露に色も光もそひていとめでたく見ゆる夕顔の花は、なみなみの人とは見えず、心あてに源氏の君かと見奉りぬとなり。三四の句は、白露の、夕顔の花の光をそへたるなり、露の光にはあらず。細流に、源氏と推したるによりて花の光もそひたるなりとあるは、いみじきひが事なり。二の句のてにをはにかなはず。……③を否定し、新しくA説を提唱した(初めての口語訳)
⑨『増註源氏物語湖月抄』1890年~名著普及会・講談社学術文庫1979年 ※活字本『湖月抄』はこの本
 ⑦に⑧他の注釈書を加えて活字化し、近代現代に普及。近代以後の研究者の必須教養書となる……A説
⑩玉上琢彌『源氏物語評釈』・角川ソフィア文庫『源氏物語』1964年
 ⑨のうち、③⑦に従い、B説を採用。学者による初めての全訳(A説との区別が曖昧)。
⑪小学館日本古典文学全集『源氏物語』1970年・新潮日本古典集成『源氏物語』1976年
 ⑨により、⑧に従い、A説を採用。以後の口語訳・作家の訳がこの説になる(B説と混同されている)。
⑫黒須重彦『夕顔という女』1977年・『源氏物語私論』1990年 ※国文学者からの批判が相次いだ
 「夕顔」は女の比喩であるべきと、通説を批判し、頭中将を見誤ったとするC説を主張。
⑬岩下光雄『源氏物語とその周辺』1979年・『源氏物語の本文と享受』1986年
 「夕顔」は女の比喩であるべきだが、女は源氏をその人と言い当てた挨拶の歌とするB説を主張。
⑭小学館新編日本古典文学全集『源氏物語』1994年・古典セレクション『源氏物語』1998年
 ⑬の「挨拶の歌」なら穏便として新しく加わった鈴木日出男が主張し、B説を採用。
⑮清水婦久子『源氏物語の風景と和歌』1997年・『光源氏と夕顔―身分違いの恋―』2008年
 「夕顔」は女の比喩であるべきだが、最初から歌の表現を検討した結果、D説を提唱。
関連の拙著
 ・『絵入源氏 夕顔巻』(おうふう、1995年)解説
 ・『源氏物語の風景と和歌』(和泉書院、1997年)第六章「光源氏と夕顔」
 ・『源氏物語の風景と和歌 増補版』(和泉書院、2008年)増補編第一節「「光源氏と夕顔」補訂」
 ・『源氏物語版本の研究』(和泉書院、2003年)第六章第三節「「絵入源氏」の本文と注釈」
 ・『光源氏と夕顔―身分違いの恋―』(新典社新書、2008年)
 ・『源氏物語の真相』(角川選書、2010年)
 ・『源氏物語の巻名と和歌 物語生成論へ』(和泉書院、2014年)