夕顔物語7
惟光
(これみつ)日ごろありてまいれり。わづらひ侍る人、なほ弱げに侍れば、とかく見給ひあつかひてなん、など聞えて、近くまいり寄りて聞こゆ。おほせられし後なん、隣のこと知りて侍る者、よびて問はせ侍りしかど、はかばかしくも申し侍らず。いとしのびて五月(さつき)のころほひより、ものし給ふ人なんあるべけれど、その人とはさらに家のうちの人にだに知らせず、となん申す。時々\中垣のかいまみし侍るに、げに若き女どもの透き影見え侍る。しびらだつものかごとばかりひきかけて、かしづく人侍るなめり。昨日夕日の残りなくさし入りて侍りしに、ふみ書くとてゐて侍りし人の、顔こそいとよく侍りしが、もの思へるけはひして、ある人々も、忍びてうち泣くさまなどなんしるく見え侍る、ときこゆ。君うちゑみ給ひて、知らばやとおもほしたり。おぼえこそ重かるべき御身のほどなれど、御よはひの程、人のなびきめで聞えたるさまなど思ふには、すき給はざらんもなさけなく、さうざうしかるべしかし。人のうけひかぬほどにてだに、なほさりぬべきあたりのことは、このましうおぼゆるものをと思ひをり。もし見給へうることもや侍ると、はかなきつゐでつくり出てせうそこなどつかはしたりき。書きなれたる手して、くちとく返事などし侍りき。いとくちをしうはあらぬ若人どもなん侍るめるときこゆれば、なほ言ひよれ、たづね知らではさうざうしかりなんとのたまふ。かの下(しも)が下と思ひ落としし住まゐなれど、その中にも、思ひのほかにくちをしからぬを見つけたらんはと、珍しうおもほすなりけり。
※本文中の「\」は、引歌を指示する
惟光の報告
[口語訳]
 惟光が数日後やって来た。「病人がなお病弱で、とかく世話をしておりましたので」など申して、おそば近く寄って申し上げる。「仰せつかった後、隣のことを知っている者を呼んで聞きましたが、はっきりとは言いません。大層忍んで、五月頃から来ている人がいるらしいのですが、誰だとその家の者にすら知らせていないと言います。時々、中垣から垣間見をしますが、確かに若い女たちの透き影が見えます。しびらのようなものを引っかけてお世話する人がいるようです。昨日、夕日がすっかり差し込んでいた時、文を書くと言って座っていた人の顔がきれいで、もの思いにふける様子で、他の人々もひっそりと泣いているのがはっきり見えました」と申し上げる。源氏の君は微笑んで、知りたいとお思いになる。社会的には重いご身分だが、お年頃だと人々がほめそやす様を思えば、色気がないのは風情もなく物足りないだろう。取るに足りない身分の者でさえ、女のことになると好ましく思うのだからと(惟光は)思っている。「もしわかることがあればと、ちょっとした機会を作って手紙など送りました。すると書き慣れた筆跡で素早く返事をしてきました。悪くない若人もいるようです」と申し上げると、(源氏)「さらに言い寄れ、わからなければおもしろくないからな」とおっしゃる。あの下の下とさげすんでいた住まいだが、その中に案外悪くない女を見つけられればと珍しく思っていらっしゃるのだ。
[引歌]
○冬ながら春のとなりのちかけれは中垣よりぞ花は散りける(古今集、誹諧、深養父、一〇二一)
(訳)冬だけど春がもう隣までやってきているので、隣との垣根越しに花が散って来ました
[鑑賞]
 惟光が隣の様子を垣間(かいま)見たと言う。それによれば、「夕日」がさし込んだ時に見えた「顔」が良かったと言うのである。これはまさに「夕顔」である。しかも、「その人」だと家の者にも知らされていないと言う。これは「それかとぞ見る」「それかとも見め」という歌句に呼応している。素姓が知れないのは、源氏ではなく、女の方であり、源氏はそれを誰かと気にかける。通説は、源氏の「顔」ばかりを問題にするが、源氏は女に顔を見せなかっただけで、物語が問題にしている夕方の「顔」は女の方であった。物語の文章と和歌表現とは、このように対応している。文章の「夕顔」と歌の「夕顔」は一貫してあやしき垣根に住む女の「顔」である。
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