夕顔物語6
御たたうがみに、いたうあらぬさまに書きかへ給て、
  よりてこそそれかともみめたそかれにほのぼの見つる花の夕顔
ありつる御随身
(みずいじん)してつかはす。まだ見ぬ御さまなりけれど、いとしるく思ひあてられ給へる、御そば目を見すぐさで、さしおどろかしけるを、いらへ給はで程へければ、なまはしたなきに、かくわざとめかしければ、甘えていかにきこえんなどいひしろうべかめれど、めざましと思ひて、随身はまいりぬ。御さきのまつほのかにて、いとしのびて出給ふ。半蔀(はじとみ)は下ろしてけり。ひまひまより見ゆる火の光、\ほたるよりけにほのかにあはれなり。御心ざしの所には、木立前栽(せんざい)など、なべての所に似ず、いとのどかに心にくく住みなし給へり。うちとけぬ御有様などの、けしきことなるに、ありつる垣根おもほし出らるべくもあらずかし。つとめてすこし寝すぐし給ひて、日さし出(い)づる程に出で給ふ。\あさけの御すがたはげに人のめできこえんも、ことはりなる御さまなりけり。今日もこの蔀(しとみ)の前わたりし給ふ。来(き)しかたも過ぎ給ひけんわたりなれど、ただはかなき一ふしに御心とまりて、いかなる人のすみかならんとは、行き来に御目とまり給ひけり。
※本文中の「\」は、引歌を指示する
《一般的な解釈》
 多くのテキストでは、
 「もっと近寄って誰ともはっきり見たらどうでしょう
  黄昏時にぼんやりと見えた花の夕顔を」
としている。この「夕顔」もまた、源氏の顔と解して、女を誘う歌だとしている。


返歌を贈る
[口語訳]
畳紙に、まったく違う様に書き変えて、
    近寄ればその花だとわかったものを、黄昏時でほのかに見た花の夕方の顔を――誰そ彼の時にほのかに見た顔を、もっと近寄って見ればよかった
先ほどの随身に持って行かせた。初めてでもどなたかはっきりわかる間近のお姿を見過ごさないでご挨拶したものの、お返事もなく時間が経ち、間が悪く思っていたところに、こうしてわざわざお返事が来たので、いい気になってどんなお返事をしよう、などと言い合っているのを、随身はけしからんと思って戻ってきた。先追いの松明(たいまつ)をほのかにして、ひっそりとお出かけになる。あの半蔀は下ろしてある。隙間から見える灯りは「ほたるよりけに」(螢の光よりなお)ほのかで風情がある。目的の邸では、木立や前栽など、一般の家と違ってとてもおおらかで風情ある住まいにしている。うちとけない毅然とした態度は格別だから、先ほどの垣根など思い出されるはずもない。翌朝、少し寝過ごして、日の出頃に出発なさる。「あさけのすがた」(朝焼けの後ろ姿)は、なるほど皆がほめるのはもっともなご様子だ。今日も、この蔀の前をお通りになる。これまでにも通りすぎていたあたりだが、ちょっとした出来事にお心がとまって、どんな人の住まいかと、行き来に御目がとまるようになった。
[引歌]
○夕されは蛍よりけにもゆれとも光みねはや人のつれなき(古今集、恋二、友則、五六二)
(訳)夕方になると私の思いは螢の火よりさらに燃えるけれど、その光が見えないせいかあの人はつれない
○朝がらすいたく(はやく)な鳴きそわがせこがあさけの姿見ればかなしき(も)(万葉集、三一〇九)
(訳)朝の烏よそんなに鳴くないとしいお方が帰る朝焼けの姿を見ると悲しいので 
[鑑賞]
女の筆跡の「書きまぎらはし」が、筆跡をごまかして書くことでなかったのに対して、源氏が「いたうあらぬ様に書きかえて」は、まさに筆跡を変えたことを意味する。源氏は天皇の御子で、筆跡から誰とわかる立場であったことと、その身分を隠す必要があったからである。
 
この歌についても、通説では「夕顔」を源氏の顔と誤解し、「寄りてこそ」を、相手に近づいてくればどうかと誘う意味で解釈している。しかし、「寄りてこそそれかとも見め」は、源氏自身がつぶやいた「遠方人に」を踏まえ、遠くからではなく近づいて「顔」を見るべきだと言ったもの。「ほのぼの見つる花」とは、源氏がほのかに見た女の透き影を指す。つまり、もっと近づいて見れば夕顔だと確認できるのに、とする解釈が正しい。「こそ……已然形」は、強調とともに逆接を表し、……すればよいのにという残念な思いを表す。
冒頭に「忍び歩き」とあった通り、源氏は暗くなるのを待って静かに目的地に向かう。「先も追はせたまはず」とあった通り、声を出す先払いはしない。先頭の松明も小さい火で目立たないように出かける。夕方に上げてあった半蔀の隙間から漏れる明かりが寂しげに思われる。音のない静かな夜の光景を引歌「ほたるよりけに」がまとめている。
 目的の女君の毅然とした高貴な住まいに、五条の垣根は思い出すはずもないと、両者の格差を強調する。しかし、その帰り道には再び、夕顔の宿の前で、こんな卑しい家に高尚な歌を贈ってきた女がいることを思い、住人の素姓が気にかかり、行き来に目をとめる。なお、「来(き)し方」は過去のこと、来た道を振り返る時には「来(こ)し方」と使い分けている。
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