夕顔物語4
  修法(ずほう)などまたまた始むべきことなど、おきての給はせて出で給ふとて、惟光(これみつ)に紙燭(しそく)めして、ありつる扇御らんずれば、もてならしたる移り香、いとしみ深うなつかしうて、をかしうすさび書きたり
  心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕顔の花
[挿絵2]
 乳母を見舞った後、源氏は先の扇を見る。童女が扇を随身に渡す場面を描く挿絵が源氏の存在を牛車の内に隠しているのに対して、絵入源氏では、共通して源氏の視線を描く。挿絵1では、源氏は「をちかた人に物申す」とつぶやく場面、この挿絵2では、女の「心あてに」の歌を見る場面を描く。歌人である「絵入源氏」の編者山本春正は、自身が最も注目していた和歌に焦点を当てる。この挿絵によって読者は、有名な歌「心あてにそれかとぞみる白露の光そへたる夕がほの花」が源氏の目に触れた状況を知る。この時源氏は、惟光に紙燭を持たせて扇を見て、そのうつり香や筆づかいなどにも心惹かれた。 
参考図書
  ・『光源氏と夕顔―身分違いの恋―』(新典社新書、2008年)
  ・『源氏物語の風景と和歌 増補版』(和泉書院、2008年)第六章・増補編
扇の歌を見る
[口語訳]
 加持祈祷などいろいろ始める準備を命じてお出かけになろうと、惟光に紙燭を持って来させて、先ほどの扇をご覧になると、持ち慣らした移り香が深く染みて懐かしく、歌がきれいに散らし書きしてあった。
   
おそらくその花だと思います、白露が光を添えて輝いて見わけがたくなった夕顔の花を
   ――あなた様の美しい白い光で覆われて白い花が見分けにいのですが、おそらく夕顔でしょう

[鑑賞]
 「心あてにそれかとぞ見る」は、諸注が誤解するように源氏の正体を言い当てた意味ではない。よく似た歌「心あてに折らばや折らむ初霜の置きまどはせる白菊の花」(古今集、秋下、凡河内躬恒)はじめ、「わが背子に見せむと思ひし梅の花それとも見えず雪のふれれば」(万葉集、巻八 後撰集、春上、よみ人しらず)、「梅の花それとも見えず久方のあまぎる雪のなべてふれれば」(古今集仮名序 古今集、冬、よみ人しらず 拾遺集、春、柿本人麻呂)、「月夜にはそれとも見えず梅の花香をたづねてぞしるべかりける」(古今集、春上、凡河内躬恒)、「心あてに見ばこそわかめ白雪のいづれか花のちるにたがへる」(後撰集、冬、よみ人しらず)などの例から、この歌は、白い水滴(初霜・白雪・白露)に覆われて見定めにくくなった白い花(白菊・白梅・夕顔)を「心あてに」その花だと見ようとする意味であることが明らか。
 
この歌は、源氏の問い「をちかた人にもの申す」に対して、「おそらく夕顔の花です」と答えた歌である。女は、花のそばの「遠方人」として、源氏の「光」を讃え、花に情けをかけて下さったことに感謝しつつ花の名を答えた。引歌の「そのそこに」と「それかとぞ見る」の呼応にも注意。また、「をちかた人に」の歌に答えた「春されば野辺にまづ咲く見れどあかぬ花まひなしにただ名のるべき花の名なれや」(古今集、旋頭歌、よみ人しらず)が花の名を答えなかったことを意識したものでもある。
 本居宣長説・日本古典文学全集・岩波新日本古典文学大系などの通説(A説)では、「夕顔」を源氏の夕方の顔とし、その美しいお顔は光源氏さまでしょうと言い当てた歌と解する。しかし夕顔は、随身と童が言う通り「かうあやしき垣根に咲く」「枝も情けなげなめる」花であり、高貴な光源氏の顔に見立てたものではなく、女は卑しい花を自身の比喩として詠んだのである。「白露の光そへたる」は、夕顔自ら輝くことではなく、白露の光が夕顔に光を添える意味。細流抄説・玉上琢彌説・新編日本古典文学全集説(B説)や、頭中将に見誤ったとする黒須重彦説(C説)では、「白露の光」を「それかとぞ見る」と解し、夕顔を輝かせるお方はあなた様(Bでは源氏、Cでは頭中将)でしょうと言った歌だとするが、この解釈では、本居宣長が批判した通り、歌の文脈に合わない。本歌である白菊の歌でも「心あてに折る」のは「初霜」ではなく「白菊の花」だから、「心あてに」見るのは「白露の光」ではなく「夕顔の花」となる。夕顔を娼婦のような女と評するのは、A・B説から敷衍された誤解。むしろ、伝統的な和歌をよく知っていて的確な歌を詠むことのできた教養ある女性であった。たとえ内気な性格の夕顔でも、貴族としての教育を受けた女性なら、貴人の問いに答えるのが礼儀というものだ。

《一般的な解釈》
最も一般的な現代語訳では、以下のように、A説の解釈を採用している。
 「当て推量に貴方さまでしょうかと思います
  白露の光を加えて美しい夕顔の花は」
           
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※この歌の諸説については、〈諸説の変遷〉に詳述