夕顔物語1
六条わたりの御忍びありきの頃、内裏
(うち)よりまかで給ふ中宿りに、大弐(だいに)の乳母(めのと)のいたくわづらひて、尼になりにける、とぶらはんとて、五条わたりなる家にたづねておはしたり。御車入(い)るべき門(かど)はさしたりければ、人して惟光(これみつ)めさせて、またせ給ひけるほど、むつかしげなる大路(おほぢ)のさまを見わたし給へるに、この家のかたはらに、檜垣(ひがき)といふもの新しうして、上(かみ)は半蔀(はじとみ)四五間(けん)ばかり上げわたして、簾などもいと白う涼しげなるに、をかしき額つきの、透き影あまた見えてのぞく。立ちさまよふらん下(しも)つ方(かた)思ひやるに、あながちに丈(たけ)高き心地ぞする。いかなる者の集へるならんと、様(やう)変はりておぼさる。御車もいたうやつしたまへり、先(さき)も追はせ給はず、誰とか知らんとうちとけ給ひて、少しさしのぞき給へれば、門(かど)は蔀(しとみ)のやうなるを押し上げたる見入れのほどなく、ものはかなき住まゐを、あはれに、\いづこかさしてと思ほしなせば、\玉の台(うてな)もおなじことなり。切掛(きりかけ)だつ物に、いと青やかなる蔓(かづら)の、心地よげにはひかかれるに、白き花ぞ、をのれひとり笑(ゑ)みの眉(まゆ)ひらけたる。
 
※本文は、江戸時代の流布本「絵入源氏物語」(1650年)により、一部校訂した。『湖月抄』『首書源氏物語』の親本である。本文中の「\」は、引歌(ひきうた)を示す。資料紹介2山本春正編「絵入源氏」
白い花に目をとめる
[口語訳]
 六条あたりにお忍び通いのころ、内裏からお出かけになる休憩所として、大弐の乳母が重病で尼になったのを見舞おうと思って、五条あたりの家をたずねて来られた。牛車を入れる正門が閉まっていたので、惟光を呼んでお待ちになる間、むさ苦しい大通りの様子を見渡すと、この家のそばに、新しい檜垣の上半分の半蔀を四五間つり上げ、簾なども真っ白で涼しそうな家に、きれいな頭の形をした人影がたくさん見える。立ってうろうろする下半身を想像するとむやみに背丈が高く感じられ、どんな者達が集まっているのかと珍しく思える。車も粗末にして、先払いもさせていないので、自分が誰かとわかるまいと安心して、車から少しのぞいてご覧になると、蔀のようなものを押し上げた門から間近に見えるはかない住まいを、しみじみ「いづこかさして」(どこが我が家か運命次第)と思うと、「玉のうてな」(立派な御殿)でも同じことだ。切掛めいた垣根に、とても青々とした蔓(つる)草が気持ちよさそうに這いかかり、白い花が自分だけ笑みの眉を開いているように咲いている。
[引歌]
○世の中はいづこかさしてわがならむ行きとまるをぞ宿と定むる(古今集、雑下、よみ人知らず)
 (訳)世の中はどこを指して我が家だとするだろう、行き着いた所をわが宿と定めるだけ
○なにせんに玉のうてなも八重むぐらはへらん宿にふたりこそねめ(古今六帖、第六)
 (訳)どうってことないさ、玉の御殿も八重葎の茂るような宿でも二人で寝るのだもの


[鑑賞]
 「六条わたり」はここでは誰かまだ不明。貴人は車で敷地内に入るので、正門が閉まっていると入れない。ひまに任せて源氏が周りをながめると、むさ苦しい大通りに涼しげな白い家がある。貴族の邸の簾は竹製で新しいものは緑色、古くなると褪色する。町屋の簾は葦製だから新品は白、檜の垣根も新しいうちは白っぽい。そこに白い花がひとり微笑んでいるように咲いていた。暑くむさ苦しい場所での「白」は涼しげで人目を引く。 
[挿絵1]
 五条大路で、源氏が牛車の簾からのぞく。切掛と呼ばれる垣根に青い蔓草が這いかかり白い花が微笑むように咲く光景に源氏が目をとめる。源氏は、「をちかた人に物申す」とつぶやき、随身が花の名を答える。源氏の方へ顔を向けて振り返った武官姿の男が随身。新しい檜垣の上に半蔀四五間ほど上げて簾の涼しげな家から女達がのぞく。この絵では源氏と女達双方とも簾の端から「覗く」図になっている。 
4光源氏と夕顔
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