1世界の源氏物語

 特集記事「二十数年ぶりの『源氏物語』フランス語訳ただいま進行中」に、翻訳グループのインタビューや著書など紹介が、写真入りで紹介されています。 
2パリ・国際シンポジウムによる2冊の研究書
3イナルコ
日付の下の部分が入口。建物の左手がシンポジウム会場 
  
 〈補足1〉
翻訳メンバーについて、右の紹介文では、アンヌ、ミシェル、ダニエル、エステルと言いました。フランス式(欧米式)慣例に従えば、寺田さんも、スミエと呼ぶべきなのかもしれませんが、日本の研究者は「寺田さん」と呼び、私もお互いを名字(姓)で呼び合いますので、ここでもそのままの呼び方で書いています。
〈補足2〉
 今回の翻訳は、「新訳源氏物語」と称されていますが、実は初めての全訳だそうです。エステル編集の豪華版のフランス語訳は全訳ではなく、ルネ・シフェールによる抄訳です。しかも、古典である『源氏物語』の文体を尊重されたためか、フランス語も18世紀の文体、つまりフランスの古文に翻訳されたものだと言います。古典をその国の古典に置き換えるという試みは興味深いのですが、それでは現代のフランス人に源氏物語を伝えることにならない、というのが、新しく翻訳を始めようとした考え方だったとのことです。
全訳の翻訳という場合、大きく分けて二通りの立場があります。一つは、『源氏物語』の原文から翻訳する立場、もう一つは現在すでに日本で多く出ている源氏物語テキストの全訳を外国語に翻訳する例です。単純に外国語訳源氏物語と言っても、抄訳が多く、全訳だけでも大きく異なります。
 パリ翻訳グループは、最も難しい立場、つまり源氏物語の原文を読み解きながら、フランスの現代語に訳すという作業をしています。現代の作家はもちろん、日本の源氏物語研究者でも、厳密にこの立場をとるものは少なく、200年はおろか数年で完成させるために、他の研究者の作った問題の多い全訳を踏襲する例も多いのです。
 それに比べて、一字一句検討し、日本語とフランス語との違い、それぞれの文化の違いを考えながら、源氏物語の文章の特色を活かした翻訳に取り組んでいらっしゃるのです。日本の源氏物語研究者の多くが用いる全訳付きのテキストに頼ることなく、できるだけ原文(といっても、写本ではなく活字本です)のニュアンスを読み取る努力を惜しまない作業とのことです。残念ながらフランス語の細かい表現がわからない私には、その翻訳の質まで評価することはできませんが、詩歌との深い関わりの重要性を意識した今回のシンポジウムからも、彼等の翻訳活動への真摯な取り組みがうかがえると思います。
 なお、桐壺巻の翻訳は、イナルコ日本研究センター紀要「シパンゴ」2008年版に掲載されています。帚木巻もまもなく出るそうです。
2パリで源氏物語その2
  イナルコの教員とパリ第7大学が共同でされている翻訳について、私の知る範囲でご紹介します。『世界の源氏物語』の記事でご存じの方も多いと思いますが、翻訳の中心メンバーは意外に少なく、今は5名ほどで進めています。人数が多ければ作業がはかどり良い翻訳ができるかと言えば必ずしもそうではなく、むしろ意見が分かれて効率が悪くなる一方、多数決のようになり十分に議論を尽くすことが困難になる、ということのようです。その記事で紹介されたメンバーは、アンヌ・バヤール=坂井(イナルコ教授)、ミシェル・ヴィエイヤール=バロン(同)、寺田澄江(同)、ダニエル・ストリューブ(パリ第7大学准教授)、エステル・レジェリー=ボエール(イナルコ准教授)の5名です。このうち4名は日本文学研究者、エステルは源氏絵に詳しい美術史研究者です。アンヌは、日本のテレビでもフランス語講座の講師として出演されているのでご存じの方も多いと思います。専門は近代文学で、著書に『わざとしての語り』などがあり、日本語の「語り」について深く研究しています。今回のシンポジウムでは発表されませんでしたが、総括で発言なさったことがすばらしく、日本国内のように古典の専門家だけで翻訳や注釈を進めるのとは違って、世界文学としての『源氏物語』の翻訳活動に大きな効果をもたらしていると推察されます。ミシェルは、藤原定家の研究者で『藤原定家と秀歌の概念』の著書があります。今回は「定家仮託の『源氏物語巻名歌』について」という題で発表されました。当初は、定家歌における源氏物語の影響についての発表を予定していましたが、定家の歌は難解である上、源氏物語の歌や場面との細かい表現の比較が必要で、それぞれの読解を詳細に示さなければなりません。参加者も来場者も多言語でコミュニケーションをとる国際シンポジウムでは話が複雑になりすぎるので、源氏物語の巻名を基にした定家仮託の歌を紹介されました。
 イナルコ主催の国際シンポジウムの中心的役割で、2冊の論集を編集されたのが寺田さんです。彼女は和歌研究者ですが、源氏物語の翻訳およびシンポジウムの企画と、日本の研究者との連絡などをほとんど一人で担っています。今回の発表の題目は「物語の回路としての和歌―『幻巻』の場合」です。幻巻は、紫の上を偲ぶ光源氏の哀傷歌ばかりでできている物語なので、「詩歌が語る源氏物語」というシンポジウム全体のテーマに最もふさわしい課題と言えます。
 国際シンポジウムでは、レジュメをすべて日本語とフランス語に翻訳して配布するため、彼女をはじめフランス語翻訳メンバーには、日本語をフランス語に、フランス語を日本語に翻訳するお手間をかけました。日本の学会では当然として説明しないことも、ここでは説明が必要となります。かといって簡単な内容でよいかと言えばそうではなく、フランスで日本文学・源氏物語に関心を持つ方のレベル、文学への意識の高さもあって、当たり前すぎることや、一般書を読んでわかる内容には、まったく興味を持たないという特徴があるそうです。このことは、昨年の夏、東京で複数の発表者との打ち合わせで寺田さんが最初に皆さんにおっしゃったことでした。従って、学問的、専門的でありつつ、わかりやすい発表にしなければならないということで、私たちの発表内容や日本語のレジュメに工夫が必要でしたが、それらを翻訳する際にも、さらに細かい打ち合わせや記載内容について相談を行いました。ただ現地に出向いて自説を語ればよいものでも、翻訳を任せてしまってよいわけでもなく、シンポジウム全体の発表が連環するべく、連絡を取り合いながら大変なご苦労をしてくださったのです。
 実際、私と寺田さんのメールは、発表のレジュメに関するものだけでも、何十回ものやりとり(時差が8時間あるので日夜問わず)を行い、時間を合わせての国際電話においても長時間にわたって質問や意見交換を行いました。そのおかげで、個々の発表と役割がお互いに理解できただけでなく、シンポジウムとしてきわめて優れたものになったと感じました。大成功の蔭にはこれだけの苦労と努力が必要なのだと、あらためて教えられました。寺田さんをはじめ手分けして翻訳をしてくださった先生方に、この場をお借りして感謝の意を表します。
 翻訳メンバーの紹介に戻ります。ダニエルは、井原西鶴の研究者で、『17世紀日本の小説家西鶴』の著書がある方です。今回は発表されませんでしたが、過去2回のシンポジウムと2冊の論集に、それぞれ「垣間見―文学の常套とその変奏」「『源氏物語』帚木巻を通して見る物語観」と、まさに源氏物語の翻訳に直結するテーマでまとめられたことは、もはや西鶴研究者のみならず源氏物語の専門家と言ってよいでしょう。
 エステルも、今回は発表に参加しませんでしたが、彼女の読解力は高く評価されています。同じく源氏絵を研究してきた経験から言えば、源氏絵の正しい理解には、美学の知識や素養のみならず、物語場面を正しく読み取ること、絵の歴史的背景を知ることなどの総合力が必要となります。彼女はその総合力があったからこそ、豪華版『Le Dit du Genji』を成功させたのであり、ただ多くの源氏絵を集めたというだけではありません。翻訳メンバーからも信頼を得ていたそうですが、美術史のプロジェクト・共同研究が忙しく、今は少し離れているとのことです。源氏物語に関しては、『源氏絵集成』に「絵の中の絵―『源氏湖水絵巻』をめぐって」などがあります。
 総合力という意味では、翻訳メンバーのすべてが備えていらっしゃると思います。2、3カ国語を駆使し理解されるだけでなく、日本の研究者には足りない広い視野をお持ちであること、また専門領域に逃げ込む(それは許されない環境です)ことなく、日本人研究者にはできない研究を心がけていらっしゃること、などなど、とてもこの場では語りきれない意識をお持ちの方ばかりだと思います。そして何よりすばらしいことは、翻訳作業について、本当に慎重に進めていらっしゃるということです。5年でようやく桐壺巻が完成、現在は帚木巻まで、という、ゆっくり丁寧なペースでの作業です。皆さんが異口同音におっしゃるのは、このままいけば完結するのは200年先になるけれど、良い翻訳を残すためだから時間がかかってもしっかりとしたものを作りたい、ということです。こんな悠長な考え方、日本の研究者、出版社、マスメディアにも見習っていただきたいと思っています。
参考図書
 ・『世界の源氏物語』(ランダムハウス講談社、2008年)
 ・寺田澄江・高田祐彦・藤原克己編『源氏物語の透明さと不透明さ 場面・和歌・語り・時間の分析を通して』(青簡舎、2008年)
 ・寺田澄江・小嶋菜穂子・土方洋一編『物語の言語 時代を超えて』(青簡舎、2011年)
 ・イナルコ日本研究センター紀要「Cipango(シパンゴ)」
 ・佐野みどり監修・編『源氏絵集成』(藝華書院、2012年)