1帝塚山大学蔵『光源氏系図』(続)
〈資料の価値とは〉
  WikiPediaの記事では、『帝塚山短期大学蔵「光源氏系図」影印と翻刻』の解説を要約していますが、ある「源氏物語系図」サイトでは、この系図が「帝塚山大学図書館の収蔵庫にあった」などというデタラメな説明がなされています。この記事を書いた人は帝塚山大学の収蔵庫に眠っていたお宝が発見されたとでも思ったのでしょうか。お宝は発掘されるものではなく、誰かが調査研究してはじめてその価値が見極められるのです。古書店から購入してくださった当時の同僚教授が資料鑑定に優れた研究者であったことと、私が源氏物語を専門とする研究者であること、その二人の連携があってこそ、『光源氏系図』の価値は明らかになったのです。帝塚山大学は今年でようやく50周年。この系図を購入したのは20数年前、ただちに学園新聞に紹介し、奈良新聞にも掲載され、1992年には活字翻刻を「青須我波良」に掲載し、1994年には影印と翻刻と詳しい解説をつけた単行本として出版しました。
 この系図の価値を公表した頃、例の古書店の社員が「源氏物語系図の見分け方を教えてほしい」と訪ねてきました。簡単な見分け方があるわけではないので、常磐井氏の著書や拙著の解説を読んで下さい、とだけ申しました。安価で譲ったことを悔やんでいたのでしょうか。もう少し親切に教えてあげたいところですが、実際簡単なことではないのです。鑑定を得意とする古書店ですから、この系図が近世の写本だとすぐにわかったはずですが、資料的価値は書写年代がすべてではありません。新しい写本でも、その祖本(親本)が古写本なら価値があります。源氏物語古系図については、常磐井氏のご研究を参考にすれば、古系図か三条西実隆以後の系図かの判断はできます。けれども、内容を調査するには当然のことながら一字一句の翻字(活字翻刻)作業が必要です。その上で、すでに紹介されている系図と見比べます。この作業はどの資料でも必要ですが、系図の場合は人物の記載順が異なると別系統の系図に見えるという問題があります。幸運だったのは、『源氏物語大成』と『源氏物語古系図の研究』で活字紹介してある系図と一致したことでした。新しい系図であれば、『湖月抄』や『首書源氏物語』などの版本に付載の系図と比較するのですが、古系図と一致したのです。まさか最古の古系図と一致するとは思いませんから、別の様々な系図とも比較しました。その結果、最古の古系図である九条家本源氏物語系図に最も近い系図であると実証できました。他の系図との比較についても、拙著ではすべて「校異」を掲載してありますので、動かぬ証拠になります。この方法は、常磐井氏のご研究に倣ったものですが、系図一本を紹介する書物で他の系図との校異まで記載したものは他にないと思います。「校異」という形式は異文を記載するために相違の方が目立つのですが、記載した校異以外はすべて一致しているので、九条家本と秋香台本との近似が実感できるはずです。
〈博物館デビュー〉
 源氏物語千年紀の2008年、京都文化博物館において、春秋2度の源氏物語展を行いました。私は、その両方の企画委員をしましたが、秋の展示「読む、見る、遊ぶ 源氏物語の世界」において、この系図を出展しました。近世の源氏物語関係資料を展示する企画でしたから、近世に書写された古系図という本系図は最適であり、図録やキャプションの解説も私が書きました。春の「源氏物語千年紀展」で展示されたのは、国宝や重要文化財が大半でしたから、古系図としては、13世紀に書写された福岡市美術館蔵の源氏物語系図(重要文化財)が出展されました。その古系図の内容が、帝塚山大学本『光源氏系図』と一致していますので、秋の展示に出してもよいと判断しました。本サイトの系図の図版は、そのときの図録のために撮影した写真です。こうしたことも、本系図の認知度を高めたのでしょう。資料の価値は、こうして評価する研究者がいてこそなのです。正倉院宝物も、展示するためにはどのような価値があるのか、奈良国立博物館の学芸員・研究員は日夜研究しているのです。文学研究者も、ただ文学を深く読み解いているだけではなく、作品の価値、資料の価値を見極める仕事が基盤となっていること、その基礎研究があってこそ、鑑賞や読解が可能となっているのだということを、学生さんにも知っていただきたく思います。
〈国宝『源氏物語絵巻』との関係〉
 源氏物語古系図が作られた文化圏と、国宝『源氏物語絵巻』(徳川美術館・五島美術館)が作られた文化圏は、ほぼ重なっています。また、鎌倉将軍となった宗尊親王が為氏本古系図と源氏物語絵巻を所持していたという記録もあります。しかも徳川本絵巻の詞書で源氏物語本文と異なる部分が、源氏古系図の説明とは一致するので、絵巻の詞書が古系図に基づいていた可能性もあるのです。詳しくは、拙著『国宝「源氏物語絵巻」を読む』に書きました。その本のコラム⑧「源氏物語古系図」には、本系図を写真入りで紹介して説明しています。
〈最古の源氏物語系図として〉
 拙著『源氏物語版本の研究』でも、版本付載の系図との比較に、この系図を資料として使用しています。さらに『源氏物語の巻名と和歌―物語生成論へ』では、源氏物語の巻名の異名と伝えられるものが、古系図には記載されていることから、平安時代に既にあった可能性があります。ここでも、九条家本とともに帝塚山大学本を引用しています。私だけではありません。最古の古系図とされる九条家本がほんの一部しか残っていないため、その代わりになる古系図として、研究者の間で参照されることが最近は多くなってきました。
〈最古の古写本?〉
 ただし、誤解なきよう補足すると、これは最古の写本ではありません。書写は近世ですから、写本としては新しいものです。最古の古系図と内容が一致する近世書写の系図です。20年前、奈良新聞の記者からインタビューを受けて、くれぐれも間違いなきよう念を押したにもかかわらず、記事は大丈夫でしたが、見出しに「源氏物語の最古の写本」とあり、愕然としました。
 本サイトの名前「奈良で源氏物語」と入力すると初めの方に出てくる「奈良の旧家で源氏物語の写本が出て来た」とされる「大沢家本源氏物語」は、古写本に違いありません。その古写本が巻毎に手分けして書写された筆者と伝えられる人物の中に、帝塚山大学「光源氏系図」の奥書にある二条(藤原)為氏の名が見られます。それが何を意味するのか、今はまだ不明ですが、興味深い事実ですね。(前に戻る
 5『光源氏系図』巻末
 本系図の最大の特色は、奥書に「為家卿為氏卿御自筆之系図書写之校合之」云々と書かれていることですが、署名がないので信憑性は不明です。
 参考図書
  • 『帝塚山短期大学蔵「光源氏系図」影印と翻刻』(和泉書院、1994年)
  • 拙稿「資料紹介 帝塚山短期大学所蔵『光源氏系図』」(「青須我波良」44号、1992年)
  • 常磐井和子『源氏物語古系図の研究』(笠間書院、1973年)
  • 池田亀鑑『源氏物語大成 巻七 研究資料篇』(中央公論社、1956年)
  • 『源氏物語千年紀展』図録(京都文化博物館、2008年)
  • 『読む、見る、遊ぶ 源氏物語の世界』図録(京都文化博物館、2008年)
  • 『国宝「源氏物語絵巻」を読む』(和泉書院、2011年)
  • 『源氏物語版本の研究』(和泉書院、2003年)