源氏物語は誰のために書かれたの? 
 昨年(2014年)から、近鉄電車の扉の横に、帝塚山大学の広告として、「ジツガククイズ」が貼られています。経済学部はコンビニコーヒーについて、法学部では警察官についてのクイズでした。そして文学部では、12月に文化創造学科の広報「春日若宮おん祭り」について、2015年1月には日本文化学科の広報として、源氏物語についてのクイズを掲載しています。クイズといっても、いわゆる常識・知識問題ではありません。
 源氏物語は、誰のために書かれたものでしょうか?
皆さんはわかりますか?
 「誰が書いたのでしょうか?」という問いなら、外国の方々もご存じで、多くの方が答えられますね。紫式部、と答えれば正解です。
 では、紫式部は誰のために源氏物語を書いたのか、という問いになると、様々な答えが出てくると思いますが、私は、次のように考えています。
答えは、藤原道長の娘・彰子。厳密には、道長の娘たち、頼通など息子、そして一条天皇や、その皇子・敦康親王などのため、でもありますが、第一の読者は、一条天皇の中宮となった彰子(後の上東門院)でした。その理由として、次のように書きました。
 源氏物語の作者である紫式部は、藤原道長の娘・彰子に仕えていました。彰子は一条天皇の中宮でしたが、彰子が天皇の寵愛を得て皇子を産まなければ、道長の栄華を完成させることはできません。そこで、天皇と藤原氏の絆を深め、道長の娘を立派な后にするために源氏物語は書かれたのです。
 この他にも、日本の歴史・文化には数多くの意外な真実や謎が隠されています。そして答えを得るには、作品を読むだけでなく背景にも目を向けることが必要です。日本語、日本文学、芸能、歴史、考古学、民俗学、美術史まで幅広く学び、知識と見識を深める帝塚山大学文学部日本文化学科で、あなたも謎解きをしてみませんか。
 この考えは、すでにテレビ番組「源氏の物語とは何か」と「BS歴史館 源氏物語誕生の秘密」でも話しましたし、『源氏物語の真相』と『源氏物語の巻名と和歌 物語生成論へ』にも書きましたので、私の持論であることをご存じの研究者もおられます。定説はおろか通説にもなり得ていませんが、真っ向から反対する人も今のところおられません。絶対的客観的な根拠はなくとも、論理的に破綻はなく状況証拠もあるからです。それについては、簡単にお話しできませんので、拙著をお読みいただくか、このサイトでも少しずつ明らかにしてゆく予定です。2)紫のゆかり
 源氏物語はなぜ書かれたのか、なぜ大作になったのか、なぜ千年間も愛され続けたのか、大切なのはこうした問いかけです。そんな謎を解くことこそが文学部における勉学・研究の醍醐味なのです。
 9-4)源氏物語の千年

 参考図書
  • 清水婦久子『源氏物語の真相』(角川選書、2010年)
  • 清水婦久子『源氏物語の巻名と和歌 物語生成論へ』(和泉書院、2014年)
  • 関西テレビ☆京都チャンネル『源氏の物語とは何か』1~7(2008年)
  • NHKBSプレミアム『BS歴史館 源氏物語誕生の秘密』(2012年)
  • 清水婦久子「源氏物語の読者たち―成立に関わって―」(武蔵野書院「むらさき」50)
  • 『源氏物語千年紀展』図録(京都文化博物館、2008年)総論「源氏物語の千年」
〈補足〉
「実学の帝塚山大学」という文言は、文学部の役割で書いたことと矛盾するとお思いの方もいらっしゃるでしょう。 「実学」という言葉を技術を習得することという狭義にとれば、文学部とは相容れません。けれども私は「実学を重視」という大学の方針を前向きにとらえることにしています。スキルという言葉もそうですが、ただコンピュータが使えることを実学とは言いません。世の中の役に立たないからです。コンピュータを使って何を表現するか、何を作るかというところまで身につけて初めて実学と言えるのです。実学につながらない学問は、文字通り机上の空論です。源氏物語を学んで何になるの?そんな問いかけこそ、勉強を実学に結びつけることができない人の言うことです。源氏物語は、人間が創造し得た最上の教養書です。これを学んで、浅薄だった私の人格や教養が少し高くなりました。もっともっと学ばなければと思っています。生活力といったものは少しありましたので、源氏物語によってさらに上質な生活力が身につき、自信を得ました。優しい心、自然の美を愛する心も幾分か養われたと思います。
帝塚山大学の日本文化学科では、旧来の文学部の伝統であった卒業論文を今も課していますから、学生達は4年間で12000字以上の論文を、自分でテーマ設定し調査し考察し、それをコンピュータを活用して完成させます。書き上げたときには、既に理科系の学生以上に入力が早くなり、もちろん表現力も身についています。どんな企画書でも長文でも書けるようになっています。大学に入学したときは500字の作文すらうまく書けなかった学生達がここまで成長するのです。これこそ実学なのです。そして気付けば、心優しい日本的美意識をもった人に成長しているのです。