1『源氏小鏡』夕顔
 生成り色の袴をはいた童女が、随身に「これに置きて参らせよ」と白い扇を渡します。
 
 2白い扇・夕顔と歌
 扇に載せた夕顔の枝(造花ですが)は神に捧げる植物に見えませんか?道綱母は白い御幣一挟みに歌を書いて稲荷社に奉納しました。
その風習に似ています。 
 
   3「絵入源氏物語」梅枝巻
 朝顔宮からの香の贈り物には、散り際の白梅の枝と白梅の歌が添えられていました。源氏は返礼として、庭に咲く盛りの紅梅の枝と紅梅の歌を返します。
   4卯の花
 貫之が白い「ゆふしで」(木綿垂)かと見まがえた白い花。葉の緑が榊など常緑樹の葉にも見えたのでしょう。
下は、帝塚山大学構内の垣根。まっすぐ歩くと右手に文学部の建物。初夏に良い香りが漂います。 
 
〈補足〉
 梅枝の巻において、朝顔宮から白い紙に書いた白梅の歌と白梅の枝を贈られた源氏は、紅梅の枝を紅い紙に添えて紅梅の歌を返しました。 白い紙と紅い紙のやりとりは、枕草子にも書かれています。藤原行成が白い餅を絵巻物のように白い紙に包んで白梅を添えて贈ってきたのに対して、清少納言が真っ赤な薄様の紙に紅梅を添えて返したのです。餅も紅梅もなくなってしまいますが、紙は保存できるので贈られたモノを紙の色で思い出せます。ただし、このやりとりに歌は添えられていません。源氏物語では必ず歌が書かれ、歌の風景と紙の色を一致させています。
 ちなみに、昨年放映された「トーハク女子高夏期講習」(NHK総合テレビ)でこの話をしましたが、紅い紙に紅い梅」と話したつもりが、テロップでは「赤い紙に赤い梅」になっていました。これでは、紫式部日記の「好き者(酸きもの)」のように赤い梅干しのように見えてしまいます。言い方には気をつけなければと思いました。 
4)白い扇と神事
 
ここで、女のとった行動を確認しましょう。なぜ女は白い扇を贈ってきたのでしょうか。「青やかなるかづら(つる草)」が映えるのは白い紙ですが、白い花を活かすなら別の色の方が映えるように思えますよね。だからでしょうか、土佐光吉の絵では、鮮やかな赤系統の扇が描かれています。けれども、ここは白いからこそ効果的なのです。白い扇にはいくつもの理由があります。黒須重彦氏は中国(唐)の伝奇小説における白い団扇を扇に変化させたと論じておられます。それも重要ですが、そのこととは別に、扇の白には3つの意味があります。1つ目は既に『光源氏と夕顔』でも書きましたが、白い花が白い露の光に覆われた白い風景を表すためです(これは歌の解釈と関わるので、夕顔物語4を参照ください)。2つ目は、白い花が萎れてなくなっても、扇が白い花の色を表すので、歌の光景が手元に残ります。3つ目は、白い扇は神事の白い御幣・白木綿(ゆふ)に見立てられたということです。
 葵巻で、賀茂祭の日に源典侍は「よしある扇のつまを折り」歌を贈ってきました。
 ・はかなしや人のかざせるあふひゆゑ神のゆるしのけふを待ちける
扇に「あなた様と逢える日を待っていました」という歌を書いてきました。夕顔の場合は、夏なので紙を貼った蝙蝠(かはほり)の扇で、その白い紙に歌を書いたのですが、賀茂祭は四月中の酉の日、檜扇(ひおうぎ)を持っていた源典侍は、細い組紐でつないだ檜の薄板の端を折って歌を書き付けたのです。
 蜻蛉日記の道綱母は、稲荷の下中上の社にそれぞれ歌を「ひとはさみの御幣(みてぐら)に」、「しるしの杉」の歌を含む自作の歌を書いて奉納しました。また、賀茂社に詣でたときには、上下の社に「ふたはさみづつ」、「ゆふしで」「ゆふだすき」を詠んだ歌を二首ずつ書いたとも記しています。この「ゆふしで」と同じく、夕顔も源典侍も、祭でかざす植物(かづら・葵)を歌に詠み、扇に書いて神に捧げる形式をとって光る君に献上したのです。また、夕顔の女が、扇に花の枝を載せて贈ったのは、夕顔が瓜の花であることから、豊穣を祈る御生れ(ミアレ)神事を意識していたかもしれません。さらに、夕顔の「ゆふ」は、「朝」に対するだけでなく、神事で用いる白い「木綿(ゆふ)」の意味を含んでいたでしょう。その花を「ゆふがほ」と称したのは、夕方に咲く花というだけでなく、花の白さと、神事に用いられるめでたい瓜・瓠(ひさご)(1)瓜と狐参照)の実をつける花の意味で、木綿にも見立てられたのです。白い花を木綿に見立てることは、紀貫之の歌にも見られます。
・卯の花の色みえまがふゆふしでてけふこそ神をいのるべらなれ(貫之集 古今六帖)
この歌には「神まつる」という詞書があります。貫之は、卯の花の白い色の光景と木綿幣(ゆふしで)を見まがう夏の日に神祭りをしました。夕顔の花は、白い扇に歌を書くことを御幣に見立てた上に、「ゆふがほの花」自体を白い木綿(ゆふ)に見立てたものだったのです。
 
 参考文献
  ・黒須重彦『夕顔という女』(笠間選書、1977年)
  ・黒須重彦『源氏物語私論』(笠間書院、1990年)
  ・新間一美『源氏物語と白居易の文学』(和泉書院、2003年)
  ・『源氏物語の風景と和歌』(和泉書院、1997年)
  ・『源氏物語の巻名と和歌 物語生成論へ』(和泉書院、2014年)