5)名のらぬ女
 源氏がつぶやいた「をちかた人にもの申す」の本歌を振り返ってみましょう。
 ・うちわたすをちかた人にもの申すわれ そのそこに白く咲けるは何の花ぞも
 ・春されば野辺にまづ咲く見れどあかぬ花 まひなしにただ名のるべき花の名なれや
 男が白い花の名を問い、「遠方人(をちかたびと)」である女(花の主)は、「まひ」なしに「ただ名のるべき花の名なれや」と答えました。「まひ」とは、神に捧げる御幣物・供物の意味ですから、女は、花の精霊や神の使いとして歌を返していたことになります。
 夕顔巻の冒頭、光源氏も、稲荷山を見渡す「六条わたり」に向かう道中にいました。早春の稲荷で詠われた「白くさける花」の名を問う求婚問答歌を引いて、男は「をちかた人にもの申す」とつぶやきました。それを聞いた女は、夕顔の花の枝を「これに置きて参らせよ」と童女に白い扇を持たせます。
 何気なくつぶやいた旋頭歌に対して見事な返答をした女に、源氏は強く惹かれ、粗末な狩衣に身をやつして闇の中を通うようになり、その気持ちが次のように語られます。
○女、さしてその人と尋ねいでたまはねば、われも名のりをしたまはで、いとわりなくやつれたまひつつ
女を「その人」(誰か)と尋ね出せなかったので、源氏の方も「名のりをしたまはで」身分を明かさず通ったのです。そして月の明るい明け方に「なにがしの院」に女を連れ出し、源氏は自らの正体を明かしました。「今だに名のりしたまへ、いとむくつけし」と言ったのですが、女は「海士(あま)の子なれば」と、自らの境遇を恥じて最期まで名のりませんでした。
 夕顔の「白き衣」は白狐の化身の表現であり、その前提には、日本霊異記の説話や「任氏伝」、そして今昔物語の「賀陽良藤」などの説話があります。夕顔巻のなにがしの院で源氏が問うた「いづれか狐なるらむな」の答えは女の方であり、源氏が「昔ありけむものの変化」なら三輪山などの神の化身ということになります。白い衣をまとう女は、同時に、白い花の精でもあり、稲荷山では梅の花、夕顔巻では夕顔の花に見立てられます。昔物語の形をとる夕顔の恋物語では、白狐の変化とも白い花の精とも思えた女と、「白露の光」か「月影(光)」とも神とも見えた高貴な男との「名のり」が一つの鍵となっていたのです。夕顔の宿の簾から垣根や童女の袴まで、白ばかりで統一されたこの世界は、神垣の神職や御幣の白にも見立てられます。
 「そのそこに白く咲ける」「春にまづ咲く見れどあかぬ」花の名を問う求婚問答歌は、二月初午の稲荷詣のような場で、立場・身分の異なる男女が「名のり」合う歌垣において詠み交わされた旋頭歌でした。夕顔と源氏との身分違いの恋物語は、「名のり」をしないまま逢瀬を重ね、女はついに夕顔の名を答えただけで、女として「名のる」ことなく散って終わります。女が名のらなかったのは、後に右近が「何ならぬ名のり」(名のるほどの身分ではありません)と言う通り、男との身分の差を痛感したからなのです。 

 参考図書
  ・『源氏物語の風景と和歌』(和泉書院、1997年 増補版2008年)
  『源氏物語版本の研究』(和泉書院、2003年)
  ・『光源氏と夕顔―身分違いの恋―』(新典社新書、2008年)
  ・『源氏物語の巻名と和歌 物語生成論へ』(和泉書院、2014年)
「絵入源氏物語」夕顔

1「絵入源氏物語」夕顔巻(1)
白い花を見た光る君は「をちかた人にもの申す」と口ずさみます。場所は稲荷山が望める五条大路、季節は異なりますが、白い花の名を問う稲荷の歌垣の旋頭歌を思い出して、つぶやいたのでした。

 2「絵入源氏物語」夕顔巻(2)
 乳母の見舞いを終えた源氏は、紙燭(しそく)のもとで、先の夕顔と扇を見ると、そこには繊細な筆蹟で歌が書いてありました。その歌は、花の名を答える教養ある歌でした。
   3「絵入源氏物語」夕顔巻(3)
 隣の家々が迫る長屋では、高貴な男は正体を明かすわけにはいきません。女もまた、この家に身を隠していたので、名を名のりません。「いづれか狐なるらむな」と源氏が問うのはもっともです。
〈補足〉
 女は最期まで自分の名を名のらなかった、と右に書きました。けれども、花の名前はきちんと答えました。これは出しゃばった行為でしょうか。通説で説明されるように、女が高貴な男の正体を「もしや光源氏様ではありませんか」と呼びかけてきた歌でしょうか。これは男を誘う歌なのでしょうか。そうではありません。源氏は稲荷の歌垣の旋頭歌をつぶやき、白い花の名を問いました。相手が高貴な男だと見た女は、問いかけられて無視するわけにはいきません。旋頭歌の返歌のように、私の名を答えるわけにはまいりません、とは言いません。なぜなら、「まひなしに」ではなく、高貴な男は「口惜しの契りや」と、花に情けをかけました。それを受けて女は、光る君の情けを「白露の光」にたとえ、花の名を答えたのです。歌の解釈は、当時の歌から明白であり、女が男の正体を言い当てた歌とする理解は、明らかな誤りなのです。詳細は後日に。